古寺&お地蔵巡り

補陀落山 禅師峰寺
釈迦三十二禅刹の第二十九番


禅師峰寺は大野市西大月にあるのだが、集落の中だと思っていたら禅師王子山から伸びる山の麓で
なかなか見つからなかった。 赤根川を前に磐座神社と並んで長い階段がある。 階段を登るとちょっと
違和感のある門があるが、建物は簡素な感じで人の気配もなく静まり返っていた。建物の裏に綺麗な
な庭でもあるかなと廻ってみたが、 まあ、石を配したそれらしいものはあった。上段右の写真にはバス
ケットボールの練習用のゴールが見える。
登り口の石柱には「参禅道場禅師峰寺」と刻まれている。ここへ来て座禅を組まれる方は修行僧なの
か、それとも一般の方々も来られて座禅をされるのだろうか。

 



登り口にあった当寺の由来をそのまま写真で載せておきます。


道元禅師は寛元元年(1243年)7月京都から越前に入り、まず波着寺に宿泊し、すぐに禅師峰に
こられて入越後初めての説話をしたという。寛元2年の7月、大仏寺(今の永平寺)の法堂が建立
されるまでの1年間を吉峰の古寺で過ごした。その間の寛元元年の11月から凡そ3ヶ月を禅師峰
(やましぶと読んだ)で過ごし、由来にあるように正法眼蔵五巻を著した。
道元が仮住した寺は何処にあったかは不明だが、現在のこの寺からさほど遠くなかったであろう。
また、その寺は茅庵というに相応しい様なものであったと云われているが、当時は平泉寺が近いこ
ともあり、その辺りには天台の寺坊が沢山あったので、その中の一つの古寺であったことも考えら
れる。道元も元は比叡山の僧なので、そのようなことがあってもおかしくない。
現在の寺は吉峰寺を再興した田中仏心和尚により明治四十年に再興されたものである。裏の禅師
王子山は、道元禅師仮住等の経緯から付いた名前とかいう話もあるが定かでない。

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ほんとに仲良く並んでいる磐座神社もとても古そうですが、登り口の由緒書きが肝心の部分が汚
れていて判読出来ません。大月の地名の由来なども刻まれていました。小さな石橋も少し太鼓形
となっており、上の建物の横には小さな池も配してあり、なかなか趣のある神社だと思いました。
だんだんと手入れも難しくなっているのでしょう。

 
  左手に禅師峰寺の階段が見えます                    鳥居をくぐって階段を登ると石橋がある

('05年5月22日)

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