北陸の峠道


大浦越と東ケ谷山

大浦越は、国道161号線の敦賀市の山中地区から、西浅井町の大浦川沿いの大浦街道へ抜ける
峠道だ。そして琵琶湖北岸の大浦港へつながる。161号線は西近江路と云われ、海津の港への道
でもあり、その昔 二つの道で荷物の奪い合いとなったそうである。大浦越の方が少し道のりが短かく
また、大浦川もしゅんせつして、ある程度は船が遡ることが出来たという。山中は宿場だった。


国道161号線から峠道への入り口

敦賀から161号線を南下すると、国堺スキー場の手前の左側にお地蔵さんがいて左に入る道がある。
ちょうど送電線の下になる。そこが入り口だ。すぐに左へ登る送電線の巡視路がある。こんな良い道が
あっては、昔の峠道を歩く人がいないのか、そこから峠へ向かう草原には踏み跡が見られない。そこで
巡視路に取り付き、先に東ケ谷山へ登り、尾根伝いに大浦越へ行くことにする。

巡視路は最初は急だがすぐに鉄塔へ、そこを過ぎると林の中へ入る。とても良い道だ。間もなく鉄塔が
あって、そこが稜線だ。左へ少し進むと巡視路は右へ降りて行く。稜線の道は途端に踏み跡が薄くなり
頂上手前は笹藪を掻き分けながら登ることになる。そして何も周囲が望めない山頂に到着。三角点くら
いしか座る処がないので、証拠写真を撮ってすぐに引き返す。


東ケ谷山 道は草で覆われて全く見えない

先程の鉄塔を過ぎて少し行くと、何やら掘れた道があって、昔の峠道の跡みたいな処がある。いろいろ
な道があったのだろう。踏み跡もいくつもあって間違った尾根を少し降りてしまい登り返す。どんどん下る
と峠に降り立った。何も標識は無いし、あまり昔の峠という雰囲気がしない。

ところで私は大きな思い違いをしていて、地図で下から上がってくる道が稜線に近づき 一旦離れてから
また稜線につく。そこが大浦越の峠だと思っていたのだ。で、今立っている処は、道が最初に稜線に近づ
いた処なのだ。それで、峠はもう少しだと先へ進んだ。そしたら、まさにこれが峠道だという雰囲気の深く
堀り込まれた峠に出たのだ。12時近かったので、そこで例によってコンビニのとろろ蕎麦でビールを飲ん
だ。これまた雰囲気の良い広場があって、空は曇っていて暑くはないし、満足感に浸っていたのである。


尾根を越える峠道

そこからの下りも、誰も歩かなくなった峠道という感じだった。途中、下るはずが登りになり、道の状態が
良くなったので、巡視路へ入ったのかなと思ったら、やはり鉄塔へ登ってしまった。そこで先程の下る所へ
引き返し、小さい沢伝いに降りて行くと、広い草原に出る。背の高い草を除けながら草を踏みしめて歩くと
やがて最初の巡視路入り口に辿り着いた。もう車はすぐだ。


この草原が峠道の一部 

家に帰ってGPSの軌跡を2万5千分の1地図に重ね合わせたら、地図の峠道とは違うルートを下っている
ではないか。峠道を正確に辿れなかったのは残念だが、私の下った道も使われていたのではないか等と
考えている。とっても峠らしい雰囲気のところだったから。

('05年8月30日)



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