還暦つれづれ草
おじいさん
この文は、某メールマガジンにて「隠れ家でつれづれに」と題し配信して貰ったものの
中のひとつです。すぐにネタ切れでやめさせて頂きましたけど。
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どんよりと曇った晩秋の午後のことだった。私は何をするでもなくごろんとしていた。
隠れ家では大体がこんなものだ。突然ドアをノックする音がした。この別荘地で訪問者
が来ることは滅多にない。
年に1回8月頃に、NHKの集金人が1ヶ月分でもいいから視聴料を払ってくれと来る
くらいなのである。まあ、奉仕で回っているとか云って、ものみの塔かエホバか知らな
いが、やって来たことはあったが。
話がそれるが、私の知人にNHKの集金をやっていた人がいて、いろいろと苦労話を聞
かされたものだ。今はほとんど口座自動引き落としだと思うので、こういうことはないと
思うが、ある時などは、大仏の格好をしたら払うと言われたのだという。大仏様の格好と
は、あぐらをかいて、右手の親指と人差し指で円をつくり、左の手のひらを上に向けて差
し出すあの格好である。
私はそれを聞いてからは、NHKの方には素直に対応することにしているのだが、しかし
だんだんそういう訳にも行かなくなって来ましたね、最近は。
ドアを開けてみると、そこにはだいぶ歳をとったお爺さんが立っていた。道に迷って同じ
所をぐるぐる回っているみたいなのだという。聞けば83歳で、別荘地の麓の集落から来
たといい、糖尿病とかで医者から沢山歩けと言われているのだそうだ。
この別荘地も裏庭という感じで、別荘地として開発される前は道に迷うことはなかったが
別荘地になると新しい舗装された道路が縦横に出来たりして、判らなくなってしまったと
と云うのである。
一緒に歩いて行って、集落へ下りる坂道の所まで案内したが、この爺さんは歩くのがい
たって速いのには驚かされた。またよく話をする。まるで百年来の旧知の人に会ったみ
たいなのである。坂道の入り口で30分近くも立ち話をする羽目になってしまったのだ。
素朴と云うのか、純朴と呼べばいいのか、能登の人は優しい。私は、このお爺さんのよ
うに、歳を重ねて行けたらいいなと思ったのである。
(’01・10・26)